現在は2026年1月。退職まであと5ヶ月。
現時点で早期退職のことを知っているのは、直属の上司と上長クラスだけです。職場の同僚も、部下も、長年一緒に働いてきた仲間も、誰もまだ知りません。
毎日、何事もなかったように出勤し、会議に出て、仕事をこなす。でも私の中では、大きな決断がすでに下りている。
「この職場を去る」という事実を胸に秘めたまま、日常が続いています。
業務が静かに変わり始めた
退職が上層部に伝わると、私を取り巻く状況が少しずつ変化し始めました。
毎年この時期に声がかかっていた翌年度の組織体制の検討。今年は呼ばれていません。例年参加していた新卒採用の選考活動。今年のメンバーに私の名前はありませんでした。
周囲の人には何も知らされていないのに、私だけが静かに「外側」に移動している。
不思議な感覚です。毎朝同じ顔ぶれと挨拶を交わしながら、自分だけが知っている事実を抱えて働く。この状況を、誰にも話せない。
熱意が薄れていく自分に気づく
もう一つ、自分の内側にも変化が起きています。
今年度の目標を達成しようという責任感は今も持っています。しかし、その先のことを考えなくなっていたのです。
来年度の活動計画。新しい提案。お客様との中長期的な関係構築。これまでは自然と頭の中にあったことが、ふっと消えている自分がいる。
「これは正直に認めなければいけない」と思います。意識して手を抜いているわけではない。でも、熱意の総量が少しずつ変わっていることに気づいています。
部下への申し訳なさ
この状況の中で一番心が痛むのは、今の部下たちへの気持ちです。
毎日一緒に仕事をしている彼らは、まだ何も知らない。私が6月にいなくなることを知らずに、私を頼り、相談し、一緒に仕事をしてくれている。
「もっと真剣に向き合うべきではないか」「私がいなくなった後のことを、もっと考えてあげるべきではないか」
その問いが頭から離れません。かつて一緒に働いてきた仲間への気持ちも同じです。共に汗をかいた人たちに対して、「先に抜ける」という後ろめたさが正直あります。
何度シミュレーションしても、不安は消えない
早期退職の決断は、決して衝動的なものではありませんでした。
資産運用の見通し。退職後の生活費。年金受給までの橋渡し。何度もシミュレーションし、「これなら大丈夫」という結論を出してきました。
それでも、不安は消えません。
「本当に大丈夫か?」「想定外の出費が続いたら?」「社会から切り離されたとき、自分は何者になるのか?」
理屈では答えが出ているはずなのに、感情がついてこない。夜、ふと「やっぱりもう少し働き続けるべきだったか」という考えが頭をよぎることもあります。
整理がつかないまま、それでも前へ
正直に言えば、今の私の中はまだ整理がついていません。
誰にも言えない秘密を抱えたまま働く孤独感。熱意が薄れていく自分への自己嫌悪。部下や仲間への申し訳なさ。何度計算しても消えない不安。これらが混在しています。
でも同時に、こうも思っています。
整理がつかないのは当然なのかもしれない。人生の大きな転換点に立っているとき、感情が揺れるのは当たり前のことではないか。
「決断したから、もう迷わない」とはならないのが人間というものだ。
残り5ヶ月。揺れながらも、一日一日を丁寧に働く。今はそれしかないと思っています。
同じ思いを持つ人へ――退職前の「孤独期」をどう乗り越えるか
このブログを読んでいる方の中にも、「退職を考えているが、誰にも言えない」「決断したのに、まだ不安が消えない」という方がいるかもしれません。
それは、弱さではないと思います。
大切なものを持っているからこそ、失う不安がある。誠実に仕事をしてきたからこそ、去ることへの申し訳なさがある。
ただ、この「誰にも言えない期間」を過ごしてみて、私なりに気づいたことがあります。
①感情を記録することが、唯一の出口になる
誰にも話せないなら、書くしかありません。私はこのブログを始めたことで、胸の中にあったものを少しずつ外に出せるようになりました。日記でも、メモでも、形は何でもいい。「書く」という行為が、孤独感を和らげてくれます。
②シミュレーションは「不安ゼロ」にはならないと知る
何度計算しても不安が消えないのは、計算が足りないからではありません。お金の問題は、ある程度の見通しが立てば「あとは慣れるしかない」領域に入ります。完璧な安心を求めて計算を繰り返すより、「これで行く」と決めて前を向く方が、精神的には楽になります。
③「申し訳なさ」は誠実さの証拠と捉える
部下や仲間への申し訳なさを感じているということは、それだけ真剣に向き合ってきた証拠です。去ることへの後ろめたさを感じない人より、感じる人の方が、最後まで誠実に仕事をし続けられる。私はそう思って、残りの日々を過ごすことにしました。
揺れる心は、あなたがきちんと生きてきた証拠ではないでしょうか。

