「辞めよう」と決断した後、いちばん気が重かったのが「上司への退職意思表明」でした。
好調な大手企業、33年の勤続、それなりの役職。「反対されるのではないか」「受理してもらえないのではないか」という不安が、意思表明の直前まで頭から離れませんでした。
面談の前日の夜、何度もシミュレーションをしました。どう切り出すか、何を言われたらどう返すか。準備を重ねてもなお、当日の朝は正直、緊張で胃が重かったです。
しかし結果として、上司は理解と誠意をもって対応してくれました。この経験を、等身大でお伝えします。
📌 この記事でわかること
- 退職の意思表明前に固めておくべき3つの「裏付け」
- 上司にどう切り出したか、実際のやり取り
- 意思表明前の不安との向き合い方
退職前に公開した、上司とのやり取りの記録です。意思の了承と、正式な退職届の提出は別の段階として整理しています。
意思表明の前に:3つの「裏付け」を揃えた
2025年9月。資産がついに5,000万円に到達しました。
「数字が揃った」だけでは、まだ動けませんでした。もう一段階の確認として、以下の3つを徹底的に調べました。
1つ目は、2070年までの家計の試算です。資産・収入・支出を整理し、回答を見たことで、私は退職を考えられるようになりました。ただ、元の計算を現在は確認できず、どの条件でも資産が枯渇しないと検証したものではありません。経緯は早期退職前に44年分の資産を試算|条件と決断の記録をご覧ください。
2つ目は、退職金・年金の見込みです。当時は退職金2,400万円、私の年金を65歳から年200万円と加給年金40万円、企業型DC1,280万円をiDeCoへ移換して60歳から20年間で受け取る案、妻の個人年金を60歳から年30万円×6年として整理しました。いずれも当時の家計の見込み・計画です。退職金の税額の実績は源泉徴収票で試算を答え合わせした記事にまとめています。
3つ目は、退職後の手続きの確認です。当初は失業手当を退職1か月後から受け取り、健康保険は妻の扶養に入ると考えていました。その後、退職直後は任意継続とし、失業手当の受給終了後に扶養への切り替えを確認する予定として整理しました。受給や扶養は手続き・条件の確認が必要です。詳しくは退職後の手続きガイドをご覧ください。準備しておいたことが、気持ちの土台になりました。
なぜ「9月」に意思表明したのか:タイミングも計算した
意思表明の時期も戦略的に選びました。私は部門長(管理職)という立場にあり、会社の組織編成サイクルを熟知していました。毎年12月頃に翌年度の組織編成がスタートし、部門長のポストも含めた人事が動き始め、後任・組織設計の検討がスタートします。
「12月に組織編成が始まる前に、上司に伝えなければならない。」そう判断したことが、9月という時期を選んだ理由です。自分が退職するとわかった上で12月の組織編成を迎えると、会社側が後任や組織設計を白紙から考え直す必要が出てきます。それは会社にとっても、一緒に働く仲間にとっても大きな迷惑をかけることになる。「辞めるなら早めに伝える。準備の時間を会社に渡す。」これも「感謝して辞める」という姿勢のひとつでした。
2025年9月:初めての退職意思表明
3つの裏付けと最適なタイミングが揃った2025年9月、「これなら大丈夫」という確信を胸に、上司との面談に臨みました。
私が「来年6月末で早期退職を考えています」と切り出すと、上司は「えっ!?それはもったいない。まだまだ活躍できるよ」と驚いた様子でした。私は「会社への感謝はあります。ただ、人生の次のステージを考えたいと思っています」と返し、上司から「そうか…もう少し考えてみてくれないか?」という言葉をもらいました。
この面談で私が意識したのは、「不満があるわけではない。感謝して辞める」という姿勢です。組織の課題をまとめた改善提案を手紙で渡し、最後まで会社に貢献する意思を示しました。
2025年10月〜12月:上司の誠実な引き留め
意思表明後、定期的に上司から「気持ちは変わっていないか?」という確認が続きました。エスカレートするような圧力ではなく、「本当に辞めていいのか?」という誠実な気遣いでした。上司が提案してくれた内容は3つです。
まず、得意分野への業務移動として「今の業務が合わないなら、もっと得意な分野に異動できる」という提案がありました。次に、スタッフ部門への異動で負荷軽減として「ライン職からスタッフ職に移ることで、業務負荷を下げられる」という提案がありました。そして、役職を下げて継続として「役職を下げることで、プレッシャーを減らして働ける」という提案もありました。
いずれも、私のことを真剣に考えてくれた提案でした。それだけに、「申し訳ない」という気持ちは正直ありました。それでも、私の意思は変わりませんでした。「ご提案、本当にありがとうございます。でも、私の決断は変わりません。」自分なりに準備を重ねていたので、どんな提案にも揺らがずにいられました。
2026年1月:退職の意思を了承してもらった
年が明けた2026年1月、上司に退職の意思を了承してもらいました。「わかった。意思が固いことはよく伝わった。応援しているよ」という言葉をもらい、ほっとしました。正式な退職届の提出は別の手続きで、2026年4月に行いました。その手続きは退職届と誓約書を提出した記録に書いています。
正直なところ、「反対されるのではないか」「受理してもらえないのではないか」という不安は、意思表明の直前まで消えませんでした。しかし上司は、最後まで理解と誠意をもって対応してくれました。押しつけがましい圧力は一切なく、私のことを「一人の人間」として向き合ってくれました。この点については、本当に感謝しかありません。
交渉期間は約5か月(2025年9月〜2026年1月)。正式な退職日は2026年6月末に決定しました。25年度の業績賞与が26年6月に支給されるため、その時点で在籍している必要があり、3月ではなく6月退職にした理由もここにあります。
この経験から伝えたいこと
この5か月を振り返って言えることが3つあります。
「数字の確信」を持って臨むことが最も重要でした。シミュレーションと制度確認が、どんな提案にも動じない土台を作りました。「感謝して辞める」姿勢を貫いたことも大切でした。不満は一切口にせず、組織改善提案を渡し続けました。そして上司・会社への感謝を忘れなかったこと。「理解してもらえる関係を日頃から築いていたこと」が、円満退職を支えました。
「辞める勇気」は感情からではなく、準備と数字から生まれる。そして円満退職は、日頃の信頼関係と感謝の姿勢から生まれる。これが、この5か月で得た最大の教訓です。
退職後に実際に動き出した手続きの記録は「退職後の手続き完全ガイド」で随時更新しています。
📋 退職の手続きを時系列で整理した「退職の手続きまとめ」もあわせてご覧ください。
更新メモ
2026年10月4日:資産が必ず枯渇しないとの説明と、健康保険の当初の予定を整理しました。1月の上司の了承は正式な退職届の受理とは別であり、正式提出は4月だったことを訂正しています。

